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眼鏡をかけたままの視力検査に意味はあるのか?

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昨日の視力検査では、考えさせられることがたくさんあったので、続編を描くことにした。

1、 ゲームコントローラーのような機械を使う理由

これは、被験者が「わかりません」というのが恥ずかしいから、ボタンを押すだけにしたのではないか?と気づいた。

もちろん、しゃべれない人だっているから、そういう人はもっと必要な機械だろうが。

私が子供の頃は、こんな顕微鏡をのぞくような機械はなかったから、健康診断の視力検査といえば、Cマーク表を上から、下、右、左、というように声を出して伝える検査方法だった。

規定位置で一番上のデカイCマークが見えない生徒は、一歩ずつ前に出て、

「まだ見えないか?なら、もう一歩前へ出て」

というのを繰り返した。

昔は、小学校に上がる前からゲーム機で近眼になってしまう今の子供たちと違って、だいたいは1.2以上見える野生児ばかりだったから、

「おいおい、もう少しで、検査表にくっつくぞぉ。」

みたいにからかわれたり、して、それはかわいそうな光景だった。

当時は薄型レンズなんて気の利いたものはなかったから、そういう子は、牛乳瓶の底のようなレンズを重そうにかけていたから、ますますみんなからバカにされた。

小学校のときから本を読むのが大好きで、バス通学にいつも10冊ほどの本を手提げに入れて持ち歩いていた私は、当然のようにすぐに近視になった。

しかしそんな思いはしたくないから、私は、眼鏡をかけずに薄目をこらして黒板を見て、がんばっていた。

そんな切ない思いでが思い出される。

しかし、現在は、ゲーム機のようなこの検査機が登場して、一歩ずつ前進することもないし、恥ずかしそうに「わかりません」と答える必要さえなくなった。

せっかくこのマシンを導入しているのに、全然見えないからボタンを連打することしかできない被験者をバカにしてはいけない。

2、見る気がないから見えない

もう一つ思い出した。

娘は、まだ小学校に入る前から、やはり私とTVゲームをやりすぎたせいで近視になってしまった。

小学校の視力検査で、近視といわれ、眼鏡をつくることになった。

視力検査の時、きのうの私と同じで、「わかりません」を連発していたところ、

「見る気がないから見えないのだよ」

と言われたそうだ。

一緒に付き添った妻がそう言っていた。

そんなことがあるものか。

視力はやる気で出るものか?違うだろう?

見えないものは見えない。

なんてかわいそうなことをいわれたものだ。

私は、そう思ったが、妻は、ちがった。

この子は、見る気がないんだよね、みたいなことをぼそぼそ言っていた気がする。

嘆かわしい。なんて人の意見に影響されやすいのだ。

ものの道理に合わぬことを言われて、そうですね、じゃないだろう。

と、当時は思ったが、本当に

見る気がないと見えない、ということもあるのかもしれない、かも、

と、思えたりもするから、年をとるというのは恐ろしい。

そこまで丸くなってどうする。

昔に比べて、腹が立つことが、ずいぶん少なくなった。

 

昨日、ちょこっと日経で目にしたJINSの新製品、気になって調べてみた。

タイトル写真がそれだ。

SUGATAというモデルらしい。

「フロントとヒンジ(丁番)をつなぐ「ヨロイ」部分をなくすという革新的なアプローチによって、独自のミニマムなフォルムを実現しました。」

ということなので、きのうのテキトーな説明を訂正しておく。

なかなか洒落ている。

今度JINSで本物をみてみたい。